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岩手紀行(6月11日~13日)

山崎太朗です。6月11日から13日まで、復興市場の稼働開始後初めて、岩手へ行きました。メンバーは妻と僕の二名。その様子を記しておきます。

10日の夜遅くに埼玉川越を出発、途中東北自動車道の紫波パーキングエリアで少し寝て、朝8時頃に盛岡に到着しました。

盛岡行きの目的は、ダルマ薬局の鹿野さんにお会いすること。ドラッグストア系商品を扱う参加店舗を探して岩手県や宮城県のいくつかのお店や会社に連絡していた頃、唯一話を聞いてくれた方です。電話でお話できたのが鹿野さんでなければ、ひょっとしたら取引は始まっていなかったかもしれません。
ということでこの東北行きでは、鹿野さんに会うために仙台に寄ることを考えていたのですが、この週末は盛岡と山形にいらっしゃるとのこと。鹿野さんが山形へ向けて発つ11日朝に盛岡に着くような行程となりました。
お会いした場所は盛岡郊外のショッピングセンター、ジョイス。ここはジョイスとダルマ薬局とで建てたショッピングセンターなのだそうです。しかし、3月11日の地震で天井や壁に問題が生じ、解体することになったそうです。この日は、最後の片付けの日でした。
お電話で話す鹿野さんからはどことなく飄々とした雰囲気を感じていたのですが、実際にお会いしたらとても落ち着いた、ダンディーな方でした。

被災地へ向かう僕らに、チオビタドリンクと、湿布とマスク、大量のキシリトールガムをくださいました。ありがとうございました。チオビタドリンクは高田分団に、湿布とマスクとガムは住田基地に渡しました。ホントです。

盛岡をあとにした僕らは花巻から遠野、住田町を通って大船渡へ行きました。

大船渡ではまず、参加店舗であるマルシゲ洋品店の佐々木さんにお会いしました。店舗とご自宅を津波で流され、今はご家族で、高台にある家屋に住まわれています。
非常に上品なご一家で、話していると背筋が伸びてしまいます。

写真中央は商店のご主人の奥様です。
「下を向いていても仕方ない。少しでも仕事をして、前を向いて生きていきたい」と力強くおっしゃいました。
被災地で、被災された方とお話をすると、こういうことがよくあります。勇気をもらうというやつです。強烈でした。
しかも、三陸ワカメとお味噌(ごはんのおかずになるようなものです)までいただいてしまいました。おいしくて、これも強烈でした。

その後、いくつか用事を済ましたあと、同じく参加店舗の三浦靴店さんに伺いました。
三浦靴店さんはマイヤ大船渡店の二階に店舗があったのですが津波にやられてしまい、今は盛町の仮店舗で営業をされています。
復興市場との連絡をやりとりしてくれている三浦大さん(写真右)は、本当に大きかったです。

写真中央はお母さんです。今後ともよろしくお願いいたします。

大船渡の国道45号線沿いのコメリで買い物をして、夕方から夜になる頃に陸前高田市へ移動しました。
高田分団の方々から、まだ来ないのか、どこで何してるんだ、と何度も電話が入っていたので、少し喜んで屯所へ行くと、酔っぱらいが大勢いました。
この日は震災発生から90日。高田分団では日中、分団長の訓示や、震災後初の訓練が行われました。残念ながら僕らはそれを目にすることができませんでした。(「高田分団の参謀」布田さんの素晴らしい写真ブログPart1Part2
が、彼ら消防団員と一緒にバーベキューを楽しむことはできました。数日前に米崎に復活した熊谷精肉店のホルモン、おいしかったです。

翌日12日は、瓦礫撤去のボランティアに参加しました。

朝、横田町の陸前高田市災害ボランティアセンターで登録をして、米崎地区の民家へ移動しました。
なんとか津波を逃れた家屋前の畑と水田のなかの瓦礫を除去しました。僕らを含む大人20名が無駄なく真剣に動いて、ギリギリ、その小さな範囲だけは終えることができました。

上の写真はその一部です。始める前はそこに側溝があるのかわからないような状態でした。非常に大変な作業です。
現地のボランティアが少ないと言われていますが、それがはっきりとわかりました。次回からも出来る限り参加しようと思います。

米崎から横田への帰路、普段は山苗代を通るのですが、他の車について市街地を走ることになりました。

「瓦礫が片付いてきた」といわれる画です。僕にはそうは思えません。

元々水はけが悪かった地域はもう完全に池。高田町の市街地は30センチから1メートルの地盤沈下が起きているそうです。

何度見ても、慣れない風景です。

高田一中がある丘の下、酔仙という有名な酒造会社の敷地です。今は動かなくなった自動車が置かれています。

横田のボランティアセンターで活動報告をして、すぐに和野に戻ってきましたが、高田分団屯所に誰もいなかったので(無用心)、ササキスポーツさんと伊東文具店さん、高橋鋸刃物店さんに挨拶にまわりました。
そして、高田を離れ、江刺の種山までドライブをして頂上にある「星座の森」で風呂に入ってから、住田基地へ。連泊二日目ですが、土曜の夜だった前の晩とうってかわってガラガラ。蛾の羽音がひびいていました。

それでも朝はさわやかです。活力いただきました。ありがとう、住田基地。

翌日13日、朝から高田分団屯所へ。
倉庫にある衣装ケース等を仮設住宅へ持っていって配布しました。
この模様は高田分団のブログに掲載しています。高田高校第二グラウンドへは三回もピストン輸送しました。

予定を少し遅れて、夕方過ぎに陸前高田を離れました。

というわけで、一日目は復興市場として、二日目は社会福祉協議会のボランティアとして、三日目は高田分団ボランティアとして活動したことになりました。
この三日間、復興市場の事務作業やご連絡が完全に滞りました。ご利用の皆さまには大変申し訳ありませんでした。

次に東北へ行くのは、おそらく7月の前半になると思います。

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